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== アベンジャー由紀 ==

アベンジャー由紀 (17)立ちはだかるつらい記憶

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アベンジャー由紀 目次

アベンジャー由紀 (17)立ちはだかるつらい記憶

「どう、有紀ちゃん…、おいしい?」
冴子は時間さえ許せば由紀と一緒に食事をとった。

今日も一緒に昼食を取る冴子は、オイシイと応える代わりに見せる由紀の笑顔がかわいくて愛おしくて、思わず抱きしめたくなるような甘酸っぱい幸せな気持ちを感じていた。

点滴から経口食に切り替えた由紀は少しずつ以前の体重を取り戻し、柔らかいホッペの明るい少女に戻っていった。


一緒に朝の青空を見たあの日以来、由紀は冴子に甘えるようになった。一度精神が崩壊した由紀は、カラダは高校生でも生まれたての赤ん坊のような純粋な精神にリセットされていた。

無垢で純真な気持ちでなついてくる由紀は天使のようなまばゆささえ感じさせた。

そんなあどけなく愛らしい由紀を、いつしか冴子は本当の妹のように思っていた。


しかし闇に閉ざされた心に差した光は、過去のつらい記憶も浮き上がらせた。

「許して、ください、お願いします」
突然強姦グループに襲われた記憶がフラッシュバックすると、悲鳴を上げて怯えた由紀は、冴子に力一杯しがみついて泣きじゃくった。

「や、やだっ、やめてえっ」
そしてあの少年の死の記憶は由紀を半狂乱に動揺させ、静かになると感情を無くしたように由紀をひとりの世界に閉じこめた。
「有紀ちゃん、私、ここにいるから」
冴子は由紀の心が暗い闇に落ち込んでいかないように、力の抜けた体を抱きしめて由紀の名前を呼び続けた。

ある程度回復するとフラッシュバックが起こるという繰り返しで、由紀の病状は一進一退した。

少年の記憶が蘇ったあと由紀は明らかに憔悴し、天使のような明るい笑顔と対照的な、痛々しくも尋常でない落ち込んだ表情が冴子をさいなんだ。

由紀の苦しみを自分のことのように感じて悩み抜いた結果、冴子は記憶のすり替えを決意した。


記憶のすり替えというと、ある記憶に強制的に別の記憶を上書きするようなイメージがあるが、それは一面的で短絡な理解である。

記憶とは様々な情報が複雑に絡み合った情報の集合体であり、記憶のすり替えとはある情報により呼び出される情報を、別の情報につなぎ替える作業を意味する。

複雑に絡んだ情報のつながりを一つずつ付け替えることは、付け替え対象の情報を特定するために思い出したくない過去を呼び覚ます苦痛が伴うコトであり、付け替えに失敗すれば人格自体の崩壊を起こしかねない、長時間の地道で根気のいる、細心の注意を常に要求される非常に困難な作業だった。

アベンジャー由紀 (18)につづく
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アベンジャー由紀 (16)一筋の明るい光

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アベンジャー由紀 (16)一筋の明るい光

最愛の母を失い、父の安弘からも見放されて、閉鎖病棟に移された由紀が社会に復帰するチャンスはもう無くなったと思われた。

しかし閉鎖病棟で出会った医師は、由紀の心を覆った漆黒の闇に一筋の光を投げかけた。


彼女の名前は生島冴子。まだ20代の若い医師だが、由紀のように優しすぎるが故に心に傷を負ってしまった患者を数多く診てきた。

天国にいる淑子はひとりぼっちの由紀が不憫で、そんな冴子をひき合わせたのかも知れない。

冴子はカルテを見て、由紀の優しすぎる心が病状を絶望的に悪化させたのだとすぐに理解した。まるで淑子が乗り移ったかのように冴子は献身的な治療を行い、由紀の回復のために出来る限りのことをした。


まず冴子がしたのは、由紀の心を深い暗闇から引き上げるコトだった。向精神薬による薬物治療と同時に、冴子は時間が許す限り由紀に寄り添って話しかけた。

冴子が話しかける内容はその日の天気など、他愛のない世間話ばかりだった。そして一緒にいるときは出来るだけ手を握るなどのスキンシップを続けた。

冴子が一緒にいられないときは、冴子から指示を受けた看護師が同じように付き添った。

そんな冴子の地道な努力が、闇に閉ざされた由紀の心を少しずつ小さな光で照らしていった。


「由紀ちゃん、今日もいい天気よ」
いつものように冴子はベッドの横に座って由紀に話しかける。由紀は何を話しかけても、うつろな目を天井に向けたままで、まぶたを閉じてうなずくだけだった。

しかしその日の由紀は違った。頭をゆっくりと傾けた由紀は
「見たい…」
冴子の目をジッと見つめて小さくつぶやいた。

「そ、そう…、見て、いい天気よ」
胸にこみあげてくるモノをぐっとこらえた冴子は、優しく由紀を抱き起こすと窓の外を見せた。
「ほんと…、いい天気…」
ベッドに座った由紀はキレイに晴れ上がった空をみつめて、かすかに笑みを浮かべていた。

「うん…、ホントね…」
由紀の笑顔を初めて見た冴子は感情を抑えきれず、やせたカラダを抱きしめると声を押し殺して泣いていた。

アベンジャー由紀 (17)につづく
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アベンジャー由紀 (15)精神的自殺

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アベンジャー由紀 (15)精神的自殺

優しい子になって欲しい。

これが生前の淑子が由紀に一番願ったことだ。そして淑子の願い通り、由紀は優しい女の子に育った。

淑子がそう由紀に言い聞かせたからではない。淑子自身がそういう人だったからだ。淑子は由紀にも夫にも誰にでも、精一杯の愛情を注いで生きてきた。

優しい母の姿を見て育った由紀は、誰にでも優しい、心の痛みを知る女の子になった。


母譲りの愛にあふれる明るい少女だった由紀は、強姦グループに踏みつけにされて心を穢された以上に、あの少年の死によって癒しきれない深刻な傷を負わされた。

由紀は少年の死を自分のせいだと感じて自問自答し、執拗に自分を責め続けた。あのとき自分がもっと違った対応をしていれば、少年が死ぬコトはなかったと自らに責任を問い続けた。

由紀が同じ悪夢に取り憑かれた原因は、ここにあった。


そして自傷気味な心の傷に悩まされ続けていた由紀に、母の死は決定的だった。母の死は由紀の心を完全に崩壊させ、精神を漆黒な闇に染めてしまった。

少年の死は自業自得と考えればまだ逃げ道があった。しかし交通事故が直接の原因だとしても、看病疲れが淑子を死に追いやったことは明白だった。大好きだった母を自分のせいで死なせたことは、どう取り繕ってもとうてい許されないことだった。

絶望した由紀は精神的自殺をした。自分で心を死よりも深く暗い闇に沈めてしまった。

母の死を知ってから由紀の目からは光が消えた。なにを言ってもうつろに応えるだけで、目を開けていても生きてないのと同じだった。体に全く異常はないが、ほとんど植物状態になっていた。

淑子の愛に甘えてきた安弘に、淑子の代わりはとても出来なかった。由紀は内科病棟から精神科の閉鎖病棟に移された。

閉鎖病棟は「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」に基づいて、他者に危害を加えるか、自殺の恐れがある、など強制的な入院形態が必要とされる患者のためにある。

ほとんど植物状態で自発的に動くことのない由紀は開放病棟で十分だったが、淑子のような看護など出来ないとあきらめた安弘が世間体を気にして、由紀を見舞い患者から一切遮断することを強く希望したため、病院側も閉鎖病棟への移動を許可した。

アベンジャー由紀 (16)につづく
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